1924 制作する心

 制作する心  岡村蚊象
    (「分離派建築会作品集第三」1924)

  私の生命の底にはあらゆる障害を突さ退けてまつしぐらに驀進しょうとする奔流の如き情熱が狂い駆け回り
 血は沸き返り胸は高鳴る.
 さうして私の筋肉は真実に生きんとする痛苦の刺激によつ異様なる緊張を増す。
 自己の内生を真実に生長させて行かんとする痛苦!!
 これこそは求道者の歩まなければならない一筋道である。
 その前途にはあらゆる迫害と誘惑とが手を広げて待つているであろう。
 激流・絶壁さうして険しい峠も数知れずあるに違いない。
 無知蒙昧な暴虐者は求道者の弱い心に突さきつて身動き出来ない程惨めに鞭打つであらう。
 こうして求道者の心にはいつも安逸は与えられない・・・・只貴い真実への希讃があるのだ。
 我々の歩むこの一筋道は不安と恐怖とを以つてしては到底進むことは出来ない。
 我々は勇ましく進もう。
 岸壁に突き当たって跳ね返される痛苦を歯を食いしばって忍耐する勇気が必要だ。
 この勇気だけが弱い私の道伴れなのだ。
 さうだ私はこの真実に生きんがための痛苦と、それに耐ゆる勇気とを持つて純真な建築制作のために全生涯を捧げよう。
 求道の血に撚ゆる使徒が無上歓喜の心を抱いて神に己れの全生涯を捧げるそれのようにだ。
 私は言葉無く信念なく精進なき人によつて偉大な芸術が完成されようとは思はない。
      X
 数千年来積り積もった因習と陋弊を叩き潰ぶせ。
 アカンサスもローマのオーダーも
 ゴティク・レネサンス
 あらゆる伝統を惜気もなく投げ捨てろ、
 素裸になって今まで禍された不純の垢を洗ひ落せ、
 さうしてあの純粋な詩の如き世界・原始の昔に還元しよう。
 そこから改めて創作の天地へ踊り出ようではないか。
      X
 ボイラーとエコノマイザーの連続
 ピストンと歯車の尽きざる回転
 胸を張り足を突っ張りまっしぐらに驀進しようとするあの機関車の動的な「マッス」の美しさ、
 造船工場の鉄骨
 製鉄工場の鋸屋根
 製織機とモーターの唸り
 海の上を静かに走る鉄製の山の如きあの建築
 灰色に長く長くはてしもなく続く製鉄工場の壁、
 さうしてむらむらと吐き出される黒い「マッス」の煙と、その煙の束によって雲にまで連ならうとするあの膨大な煙突の群集を、
 私はもろ手を挙げて賛嘆する、
 力と活動の示現である新しき機械の形を私は心から賛嘆しよう。
 町はずれに黙ってにゅっといきり建っている力の建築
 ガスタンク
 ウオータータンク
 あの雄大な姿を見上げたときにこそ私の若い魂は狂歎の叫びをあげるのだ。
 全宇宙に存在する凡ての力・物体の絶えざる運行
 自働車・馬力・電車・装甲自働車!
 そしてあらゆるヴォリュウムの重なり!
 立体の組立て・・・オーケストラ
 建築!
 建築!!
    X
 私が今日こうして建築の本道を歩む喜びを得たのは、一重に分離派建築会先輩諸氏の親切なるご指導の贈物であると確く信じてゐます。
 私はここに私を今日にまで育んで下された分離派建築会に深甚なる感謝の意を表し、而して新入会員として主義のため、たゆみなく倒れるまで死にまでを期して戦ふことを誓ひます。

0 件のコメント: